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昭和50年代

今日で『びっくりばこ-姉妹編-』は千秋楽を迎えました。私はただ観るだけの立場ですが、長かったなぁと思っています(『COMPOSER』と比べれば随分短いのにね)。

『びっくり箱』は昭和50年代が舞台になっていて、それらしいものがちょこちょこ出ていました。昭和50年代といえば、私の子ども時代に当たります(幼すぎて記憶がない時代も含め)。今日は『びっくり箱』を見て、昭和50年代ついて思い出したことなんかを、ちょこっと書きたいと思います。




■家の作り
私の実家は昭和50年前後に建てられたものです(まだ現役)。まぁ、あそこまで木造っぽくないですね。でも子どもの頃は、あぁいう外見も木造という家が多かったものです。都営住宅は2戸くっついた平屋(2軒長屋?)で、まさにあんな感じの外装でした。
広い部屋(LDK)を作るという発想がなかった時代。茶の間と仏間のしきりを取って1つの部屋にするっていうのは斬新だったのでは?
お手洗いが水洗のようでした。長野という設定でしたけど…随分街中なのでしょうか。私は東京出身ですが、私の実家は水洗でしたけど、近所は水洗ではないお家もありました(都内といえないくらい田舎だから??)。劇中で水が流れる音が聞こえて、へぇ!と思ってしまいました。

■ミシン
足踏みミシンが劇中の大切な舞台装置の一つでした。はじめは2階にあるという設定で姿は見えず、途中から舞台上に出てくるのですが。
小学校には足踏みミシンが置いてありました。生徒が使うのは電動だったけど、使える状態だったと思います。何か懐かしい感じがしました。

■インスタントラーメン
これが一番懐かしく感じました。子どもの頃はカップラーメンって食べたことがありませんでした。でも即席ラーメン(=インスタントラーメン、袋入りラーメン)はときどき食べたような。ラーメンと言えば「サッポロ一番」でしたね。私はしょうゆ味派でした。子どもにとってはミソ味は濃く感じたものです。
中華三昧とかマダム楊とか、即席ラーメンのバラエティも増えた頃には、サッポロ一番のミソ味が食べられるようになってたかな?
だからね。永島さんと佐藤さんが食べているラーメンはサッポロ一番だと勝手に思い込んでました。佐藤さんのイメージだと何だったのかなぁ?

■ゴルフ
家にはゴルフセットがありました。私の母と父がゴルフをはじめたのは確かに昭和50年代でした。永島さんがパットの練習をしているのを観ながら、なるほどなぁと時代を感じてしまったものです。
そういえば、ダーツも室内にありましたが。あの頃、流行ってたのでしょうか?


劇中に出てこなかったけれど、昭和50年代を感じるものと言えば…
・『泳げ!たいやきくん』のレコード
 持ってた。
・ピンクレディ
 真似したものです。ケイちゃん派。
・家庭用カラオケセット
 たぶんテープ。
 『帰ってこいよ』『メダカの兄弟』あたりを歌ってた。


音楽に関してはちょっと半端な世代だなぁと思うのです。レコードはもう終わっていて。テープ世代。はじめて自分のものとして買ったテープはチェッカーズで、ウォークマンを買ったのはもう60年代だった気がする。オートリバースとかメタルテープとか、今や完全に死語だもんねぇ。CDに移行したのは中学生のときだった(ちょっと移行するのが遅かったかも)。


『びっくり箱』にかこつけて、ちょっと昔話をしてみました。

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