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文体を形成する要素

最近「文章」についていろいろ書いたので、ついでに書いてしまおう。ここ1年以上ずっと気になっているもの「文体」。


文体には二つある。

1.和文体、変体漢文、漢文訓読体、記録体、和漢混淆文…
2.夏目漱石の文体、ブログの文体…

私がずっと関心を持ち続けているのは1の方なんだけど…
一般的には「文体」といえば2の方を指していることが多い。まぁ、そうだろう。現代の書き言葉はたいてい「ひらがな漢字まじり文」であって、1の意味では一つの文体と言えなくもないわけだから。私自身、現代語については1の意味での関心はあまりないし。

2は言ってみれば、表現上の特徴、特色。ほかのものと比較されるより、内部的特徴として語られることが多いように見える。比較されないのはたぶん、文体を形成する要素がバラバラだから、じゃないかな?比べようがないというか。


ここから、文体を形成する要素について、私が直感的に考えていること。
直感=根拠がない




文体を形成する要素の一つに「書き手の対象に対する姿勢」があると思う。何を重点的に見ているのか?何を重点的に表そうとするのか?そういった姿勢が文体を作っているような。

古典しか例が思いつかなくて申し訳ないんだけれど、「栄花物語」と「大鏡」は内容的にはそんなに違わない。同じ時代のことを書いている。まぁ、一応どちらも和文体だ。
「栄花」の方は一つひとつの文がかなり長くて、形容詞が多くて、動詞なんかちょっとほかにないような複合っぷりを見せている。デコラティブな文体。それに対して「大鏡」は漢語が多く、文は短め。さっぱりした印象。この二つの作品には作者が女性か男性かって違いがあるんだけれど、それだけではないんじゃないかな?と思う。「栄花」は題にあるとおり物語で、「大鏡」は今でいうところの「淡々と記録するよ」なのかな、と。同じ対象なんだけれども、それのどういうところをより詳しく表すか。その差が、選ぶことば(用語)、ひいては文体に表れているような気がする。


男女によって文体の差がある、みたいなことがよく言われている。それって個人差の範囲内ではないかな?と思う反面、男性が女性っぽい文体で書いているのを見る(しかも女性だと信じられていたりする!)と、「男性らしさ/女性らしさ」というのが確かにあると思う。
ブログの場合、話し言葉っぽく書いている人が多いから、「男性らしさ/女性らしさ」が際立つ。でも、私もそうなんだけれど、かたい内容を書くときには文末表現がかたくなるから、文章全体の印象もかたくなって、男だか女だかはっきりしなくなる。つまり、「男性らしさ/女性らしさ」といった印象には、テーマ(内容)の選択が関連している、ということか。
そう考えると文体と内容というのはそれなりに相関するように見えるけれど、それは書き手が、こういう内容にはこういう文体がふさわしい、と思っているからそうなるんじゃないのかな?これも、対象(内容)に対する姿勢。
文体と内容は必ずしも相関しない、別のものだと原則としては思う。小説なんかで、あっさりとした文をつなぎ合わせて、実にドロドロとしたことを書いていて、デコラティブな文でドロドロを書くよりも効果的な場合があるのがそのいい例(向田邦子とか)。


あと、「読み手への姿勢」が文体を形成する要素の一つかな。
こういう風に読んでもらいたいといった姿勢。文末表現の選択にあたっては、この要素の方が大きいかもしれないなぁ。
読み手への配慮、ということを考えると、あまりデコラティブな文体は考えもの。流麗な文体に感激!なんてことはありえるけれど、その場合、読み手は文体の方に気をとられて、内容理解が散漫になる恐れがあるので注意。雰囲気を味わってほしい、という場合(小説とか詩とか)にはそのかぎりではない。


だいぶ横道にそれるけど、ついでに。
自分が言いたいことがある場合は、その部分に字数を費やすと大切そうに見える。全体をデコラティブにすると、大切な部分がわかりにくくなる。逆にちょっとしたこと、大切ではないことに字数を費やしてしまうと、どこが大切だかわかりにくくなってしまう(字数を費やした部分が大切そうに見えてしまい、本当に言いたいことが埋もれてしまう)。
これは「配慮」と「術」の間に位置することかも。

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コメント

とても興味深く読ませてもらいました。
「書き手の対象に対する姿勢」と「読み手への姿勢」が、文体を形成する二大要素ということになりますか。
となると、「話し言葉」を指向して、ブログを書いている人達は、「自分が書く対象」と「読み手」のどちらか(または、その両方に対して、「フランクに接したい」という願望が強い、ということになるわけでしょうか。(意識的なのかどうかの問題はあるでしょうが。)
言葉にすると、ごく当然のことのようですが、こういうふうに整理されると、すっきりしますね。

>23mmさん

「対象」と「読み手」この二つに対する姿勢が文体に何らかの影響を与えていると思うんだけどなぁ…くらいです。二大要素かどうかはちょっとわかりません。
「話し言葉」を指向してブログを書いている人には、フランクに接したいという願望、ありそうですね。ご指摘どおり、意識の問題がありますけど。書き手の意識どおり表現されるとは限りませんよね。(あ、記号化のエントリ、拝見しました。)
今回書いた文体というのは、特にブログをイメージして書いたものではありません。話し言葉に関しても、同じことが言えるんじゃないかな?と思っています。

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