スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

EntryTop

「「ブログ文章術」に思うこと」 の続き(メモ)

ちょっと今日は具合が悪いのでメモだけ。(これをちゃんと書くのかは謎だけど、書いておきたい)

「「ブログ文章術」に思うこと」 の続き。

・ブログを書くときに「話し言葉」「書き言葉」どちらで書いているかのアンケートをとったところ、9割が「話し言葉」派という結果が出たときは正直、やっぱりという感じだった。
「話し言葉」でブログを書いていると自認している人が多い?
ブログによって新しい文体が創出されている?
という関心からとったアンケートだったから。それにしても9割は高い割合だと思ったけれど、これは回答層の問題(女性が多い、等)だと思われる。

ブログ文章術 米光一成「伝説の文章術名コーチたちの極意とは!?」より
「話し言葉」が九割、面白い結果だと思います。
ぼくも「話し言葉のように書くという書き方」が好きです。
でも、「話し言葉」を話すのではなく、「話し言葉」的な文章を(しかも、誰かはっきりと限定した人に向けてじゃなく)書くというのは、いままでになかったこと、だと思うのです。
まったく新しい不思議な場で、ぼくたちは、文章を書いているのです。
そのことを、ちょっと考えてみても、いいのじゃないか。
私も今、ブログをはじめる敷居が低くなったことで新しい文体が生まれつつあるのかな?とは思う。で、それについて前回ちょっと考えたつもりだったんだけれど、どうもあまり伝わらなかったらしい。
(これが「書けてない」ってこと??こういうのは「書けてない」とは違う現象だと思うんだけどなぁ)

・「書けない」の一つのパターン
思い出した。能力的な問題のほかに、WEB上にある=「不特定多数に見られる可能性がある」ということが急に明確になったとき、書けなくなるというパターンがあったなぁ。
今回の文章術とは全く関係ないんだけれど。ブログを続けるというときにはよくあたる壁なのでは?
私も一瞬当たったけれど、自分らしく書くことを選んでしまったなぁ。もちろん、場は選んでいますが。

・ブログは文章なのか?
言語活動は「文章」と「談話」の二つに分けられる、と私は理解しています。「談話らしい文章」とか「文章らしい談話」のような中間的なものも、まぁあるといえばあるのだけれど。
ブログは文字化された資料だから、なんとなく「文章」に決まっていると思いがちなんだけれど、「談話」なんじゃないかな?と思っていて。文章に近い談話じゃないかと。
あ、中にはものすごく文章らしいブログもあります。でも、私のアンケートに答えてくれたような、いわゆるアルファブロガーではない、ブログ論壇の一員でもない、普通のブログを書く人たちはかなり談話的だと思う。
ブログはコミュニケーションツールだと私は思っている。掲示板と似たような。
「ドアを開けっ放しにした部屋」のようなもので、何となく気になる話を小耳にはさんで、共感したら「そうだよね」と一言言ってみる。毎日ちょっとお話を聞きに行く。そんなイメージ。
「話し言葉のように書くという書き方」とか「会話体」というのは、あくまでもブログに書かれているものは「文章」だという見方なんだよねぇ。
それに対して私は直感的になんだけれども、ブログに書かれているのは「談話」だと思ってる。確かに、「話し言葉」そのものとブログの文章とは違うものだと思うんだけれど…。文字化されていれば文章ではない、というのが一つあるんだけど、それだけじゃない。
うーん、なんでだろう?
ブログに書かれているものって、かなり断片的な場合があるから、かな。
あぁ、文章って何だろう?
ものすごく、自分の勉強不足を感じる。

・少なくとも私はブログを文章ではないと思っているから、「ブログの文章術」というタイトルに違和感があったんだなぁ。今わかった。
あと、もしブログが従来の考え方でいう文章ではない文章だとしたら、「コミュニケーション」ってことになるのでは?と何となく思う。文字でのコミュニケーション術?(それもだいぶ使い古されているような気がする)
やっぱり「文章」「術」として何を語るのかが気になってしまうのです。

EntryTop

コメント

談話

ブログはあくまで「談話」だというのは、興味深い考えだと思います。
「談話」は「書く」ものじゃないと思うので、ブログに書いた瞬間に「文字の連なり」つまり「文章」になっちゃうんじゃないかなぁと、(頭が固いのかもしれないけど)ぼくは思います。
少なくとも、ぼくは、「談話」と同じようには、まだ書くことができません。

タイトルに違和感を持ってもらえるのは、嬉しいです。「文章術」はブログにとってちょっと古いよね、という第一回目で宣言しているように、これは、もともと違和感を含んだタイトルだからです。

>よねみつさん

「談話」は「書く」ものじゃないという考え方も確かにあると思いますが、その辺りを私は柔軟に考えています。
例えば、テレビのニュースはどうでしょう?原稿は「文章」で、読まれた時点で「談話」になるのでしょうか?私は形式に本質があるとは思いません。
「談話」と「会話」は違うものだと私は思っていますが…。「談話」は比較的自由にできているというお考えなのかしら?私は相手の顔が直接見えている分、難しいところもあると思っています。「文章」「談話」どちらの方が得意とはとても言えません。

タイトルに違和感を持たれてうれしいというのは、どうでしょうね。羊頭を掲げて狗肉を売るの一歩手前ですよ。今は、よねみつさんの目指すところは「コミュニケーション術」なのかな?と思って観察しています。

コメントする

(パスワードを入力すると後で編集可能になります)
←内緒話

トラックバックURL

■トラックバックに関するお願い■
・トラックバックの際は記事の中にこの記事へのリンクをお願いします。
・リンクがないトラックバックは受け付けない設定にしています。



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。