続・心ノ琴線ニ触レルモノドモ 「辞書と私」を読んで。
辞書好き(英和に限らず「辞書」そのものが好き)として,辞書について考えてみました。
■電子辞書と紙の辞書
辞書の電子化が進んでいる今,知りたいことがピンポイントで出てくる。そこが便利。その一つひとつが「わかった」という達成感になる。そう思う人がいる一方で,味気ない,つまらないと感じる人もいるでしょう。
紙の辞書は,引くのに手間がかかる,持ち運びが不便といった短所があります。それに対して,長所としては,紙なので使える人が多い(ただし,目の見えない人には電子辞書の方が便利)というのがあります。
私が考える紙の辞書の最大の長所は,同じページのほかの単語も目に入ることです(いわゆる「一覧性の高さ」)。結果的に,ミヅチさんが最後の方に書いてらっしゃるような「眺める」になるというか。読み物としての辞書を考えたとき,あの,見た目(音)が似ているものが並ぶという配列はなかなか面白いと思うのです。関連のある言葉が並ぶときもあれば(例:「並び」「並び角」「並び大名」),見た目(音)以外接点のない言葉が並ぶこともあります(例:「語彙」「恋歌」)。思わぬ掘り出し物に出会う,かも。
ただどうしても辞書を引くには「慣れ」が必要で,これが敷居の高さになっている気がします。慣れる前に「楽しい」と思えるかどうか。それは辞書を引くきっかけとか,性格とか,いろいろなものに因るのでしょう。
■「“辞書を引くと勉強になる”? 」について
言葉を調べたら辞書に付箋をどんどんつける「辞書引き」という,遊び感覚で語彙を増やす教育が行われています。テレビで取り上げられているのを見たのですが,小学生が楽しそうに,ちょっと気になることがあればすぐに辞書に向かって(休み時間におしゃべりしているときでも,給食中でも!)どんどん付箋をつけていく様子は,なかなかの見ものでした。辞書がものすごく分厚くなっちゃって。何度も何度も,同じ言葉をひいて,その時々の意味を見て納得することもあるんだそう。
私も,言葉を調べたらそこを蛍光ペンで塗るというのをやっていたことがあります。塗った言葉が増えていくのはなかなか楽しいものです。
この,辞書を引く楽しさはコレクターに通じるものがあるのではないかと思います。調べて付箋をはることで,その言葉が自分のものになっていくことを実感する。もう一度ひいては,自分のものになったものがどんなものだったのか,再確認する。ひっぱり出しては眺め,しまい,またひっぱり出し,ほかのものにも手を広げる。そんな楽しみではないかと。
辞書を引くと,何かしらのインプットがあるので,勉強にはなるでしょう。ただ「覚える」とは直結しないかな?と思います。並びにある言葉に目を通したり,用例を読んだりすれば,言葉と言葉の関連性が見えてきて(品詞のバラエティとか,英語の動詞と前置詞の組合せとか),結果として覚えやすくなるってことはあるかもしれません。
辞書を引かないと覚えられないということはありません。決まった数の単語を覚えるだけなら,単語リストを作って書いたり読んだりした方がてっとり早いだろうと,思います。
■大人にとっての辞書
大人になってからの「辞書引き」はちょっと事情が違います。ある程度,その言葉については知っているんだけれど,使い方とか言い回しとかが知りたいということが多いでしょう。そういう悩みに対して,一般的な国語辞書はあまりいい答えをくれません。Aという言葉を引くとBが出て,Bを引くとAが出ている,といったどうどうめぐりになりがちです。
特に,広辞苑。電子化が早かったこともあり,よく使われています。広辞苑はたくさんの言葉が載っていて,簡便な百科事典としてはいいのですが,一つひとつの言葉の意味の詳しい説明には力を入れていません。読むための辞書としてはいいけれど,書くための辞書としてはイマイチと言ってもいいかもしれません。
私なら広辞苑よりは大辞林です。付録が豊富だから。接辞の一覧などがあり,資料・読み物として楽しめます。あと,定番でいうと,岩波国語。電子化されたものを私は使っていますが,「○○のグループ」というのがあるので類語辞書的にも使えます。その言葉が何につながるか(例:「失敬」は「失敬な」とも「失敬する」とも使える)という表示があるのもいいところです。
書くための辞書としては明鏡がオススメです。似た言葉の使い分けや用例が充実しています。「小論文を書くためにオススメの辞書は?」と聞かれたときにはこれを薦めていました。電子化もされています。
どんな辞書にも一長一短はあるのですが,目的別にたくさんの辞書を持つ人は稀でしょう。大人だからこそ,自分の使い道にあった辞書を選びたいものです(紙でも電子辞書でも,使いやすい方で)。
■私の場合
小さい頃「○○って何?」と父にいつも聞いていたようです。そんな私を億劫に思った父は,ある日,小学生用の辞書を買ってきてくれました。小学校入学前の私にとっては背伸びした感じのものだったこともあり,随分引いた記憶があります。今思い起こせば,辞書1冊で済まそうというのは暴挙のようにも感じるのですが,結果オーライということで。
その辞書は小学生用らしく,欄外(ページの下の方)に言葉に関するマメ知識みたいなことが2~3行書いてありました。それが面白かったので,辞書は引くものから読むものになり,妙に辞書が好きな子どもになってしまいました。
奈良~平安~鎌倉時代の言葉を研究するとなると,古辞書が不可欠です。その中でも私の好きな辞書に『色葉字類抄』という辞書があります(前田本は見た目がとてもきれい,朱点が入っているのも素敵)。名前から想像がつくかもしれませんが,いろは引きです。それも単なるいろは引きではなく,「い」の中がさらにジャンル別に分かれています。普通は索引が必要です。
それをいろは順に慣れるまでガンガン引き(今ではアルファベットくらいの感覚),意味分類も大体想像がつくように。そうなると,この辞書を引くのが楽しくなってきます。といっても,現代の辞書と違って,同じ言葉が複数個所に載っていることがあったり,いろいろ罠が多いので,索引は使うのですが。
配列や分類についてはもちろん先行研究はたくさんあります。でも,先人の研究成果を読むだけでなく,自分の感覚として配列や分類を捉え直すのが楽しい。この辺の楽しみというのは,まさにコレクターの楽しみかなぁと思います。昔のことばコレクターはどんなことを考えていたのか。眺めて,並べてある順番を考える。あなたはそう並べましたか,なるほど,と。
辞書にはコレクター魂を刺激する要素がいっぱいあるように感じます。
【参考】
・以前,辞書について書いた記事
辞書・言葉を調べたら辞書に付箋をどんどんつける「辞書引き」(立命館小学校)
立命館大学 学園通信RS・「辞書引き」関連の本
小学校1年で国語辞典を使えるようにする30の方法7歳から「辞書」を引いて頭をきたえる・
Yahoo!辞書 - いろはじるいしょう【色葉字類抄】